気候変動時代の在庫管理：アパレル業界を襲う「在庫の致命傷」を乗り越える

季節の制約が崩壊する時代

近年、アパレル業界では「春はどこへ行ったのか」という嘆きが常態化しています。気象庁の観測によると、日本の季節の移ろいはかつての四季型から、夏と冬の二極型（二季）へと変わりつつあります。中間季節が短くなり、猛暑や極寒へと一気に突入する構造的な気候の変化は、消費者の購買行動に影響を与えるだけでなく、アパレル業界の根幹を揺るがしています。

かつて日本のアパレルは、「春夏」「秋冬」の二大シーズンに加え、「初夏」「盛夏」「初秋」「晩冬」といった細分化されたマイクロシーズンに対応して商品開発と店頭展開を行ってきました。しかし、「気候が読めない」ことにより、春物の立ち上がりが遅れたり、暖冬でダウンが売れ残ったりといった事態が常態化し、業界の計画性は脆くなっています。

この気候変動がもたらす最大の経営上の課題は、ファッションそのものではなく、「在庫の致命傷」の拡大です。売上計画と在庫リスクのギャップが広がり、店頭に春物が揃ったタイミングで猛暑が訪れると、商品が「季節外れ」と見なされ、値引きに追い込まれてしまいます。

「四季」から「二季」へ：求められる「脱常識」の経営思考

ビジネスの成果を最大化するためには、システム全体の制約に注目し、それを打破する必要があります。気候変動がもたらす予測不可能性は、従来の「カレンダー型」の購買行動（例：9月になったら長袖）に基づいた計画を大きな制約に変えてしまいました。

この状況に対応するため、アパレル企業はすでに「四季から二季」への対応を模索し始めています。これは、従来のくくりを捨て、長く続く夏に対応するための「通年型商品」の比率を増やすという動きです。

成功事例として、ユニクロやワークマンの取り組みが注目されます。

1. ユニクロ（株式会社ファーストリテイリング）：

   • 定番商品（エアリズム、ヒートテック）を季節商品ではなく生活インフラとして年間販売しています。

   • 気候予測に依存せず、定番比率の高いMD設計により、生産・在庫計画の安定化を実現し、高い粗利率を維持しています。

2. ワークマン：

   • 「真夏でも売れる長袖」「冬でも動きやすい薄手防寒」など、機能性と着用体感に基づき、季節に縛られない商品開発を行っています。

   • 実店舗のリアルタイム需要を検知し、在庫移動を含めた店舗間調整を迅速に行い、天候による値引きを回避しています。

これらの事例が示唆するのは、今後のアパレルに求められるのは、季節を先取りする需要予測の精度よりも、「変化に対する対応力」であるという点です。

「動的在庫管理」への転換

予測不可能な時代において、過去の実績に頼らない柔軟なオペレーションこそが生き残りの鍵を握ります。これは、過剰な先行投入を避け、在庫を“動かしながら”需要に合わせて再配分していく、いわば「動的在庫管理」の導入が不可欠であることを意味します。

アパレル産業は、製造・流通・販売のすべてが連動した「動的なサプライチェーン」の構築がカギとなります。そのためには、「変化を前提にした経営思考」とともに、AIの力を借りた動く在庫管理”が不可欠です。

特に、メーカー、小売店、工場がWin-Winになるような発注方法を再設計し、従来の「シーズンごとの一括発注」ではなく、需要の変化に応じた柔軟な発注体制へと転換していく必要があります。

この変革の中核を担うのが、在庫運用のアップデートです。

アパレル産業において現在、とりわけ注目されているのが、AIを活用した在庫最適化の仕組みです。これらのシステムは、従来の「計画」に頼るのではなく、需要の変化をリアルタイムに捉える能力を備えています。

これにより、在庫を静的なものとして捉えるのではなく、売れ筋商品を売れる場所へ優先的に再配分する動的な運用が可能となります。

このアプローチは、気候変動時代に拡大した「計画と実績の乖離」を最小限に抑え、結果としてアパレルの致命傷となる在庫の無駄（過剰在庫）を削減します。さらに、店舗間移動を前提とした柔軟な設計を採用することで、欠品と過剰在庫の“同時解消”を実現する点が、現場のオペレーション効率を劇的に高める鍵となります。

気候変動は、季節に密接に結びついた産業であるアパレルを直撃していますが、これは見方を変えれば、「季節に縛られない、新たな商品開発や売り方」の可能性を開くチャンスです。

季節が不安定なら、ビジネスは柔軟に動くべきです。気候変動時代のアパレルに必要なのは、天気を嘆くことではなく、「天気に合わせて動く力」を備えることこそが、未来のサプライチェーンを握る鍵となります。